「今こそ韓国に謝ろう」百田尚樹・・・PartⅡ

「日本文化のル-ツは韓国だ」

○ 茶道は韓国が発祥?
「千年前の新羅時代の礼法を日本がそのまま取り入れた」
「千利休は韓国人である」
どちらもデマ。日本の茶道は鎌倉時代からの古い歴史があり、朝鮮の文献に「茶道」が登場するのは19世紀に入ってからである。そもそも朝鮮人にはお茶を飲む習慣がなく、アジアやヨ-ロッパでお茶を飲む習慣がなかったのは朝鮮だけだった。

○ 華道も歌舞伎も韓国が発祥?
「朝鮮半島には昔から生け花の文化があり、それが百済を通じて日本に伝わったが、併合時代に朝鮮の生け花文化は日本に消されてしまった」と主張しているが、文献資料も考古学資料もない。朝鮮には昔から花瓶そのものがなく、これは花を摘んで生けるという風習がなかったからである。日本は室町時代に体系化され、古い文献は山ほどある。
「歌舞伎のル-ツは百済伎楽である」と主張。
確かに日本書記に百済人が日本人に伎楽を教えたとの記述はあるが、このとき伝えられたのは中国の呉発祥の伎楽と考えられており、鎌倉時代にはほとんど上演されなくなっていた。
また、世界の文献にも、朝鮮の文献にも「百済伎楽」について書かれたものはない。
日本の歌舞伎の元祖は出雲の阿国とされており、その後江戸時代を通じて洗練されたものとなり、文献資料、台本ともに数多く残されている。

○ 日本刀も朝鮮が発祥?
朝鮮の刀剣技術は世界レベルであったが、豊臣秀吉が刀剣技術者を無差別に捕らえて連れて行ったと主張。
秀吉が刀剣職人を連れ帰った歴史はなく、日本刀の起源は秀吉の時代をはるかに遡る平安時代であり、また朝鮮半島の刀とは原料も製造方法もまったく違う。

○ 「ソメイヨシノ」は済州島で自生していたものを日本人が盗んだ?
ソメイヨシノは、幕末の頃東京の染井の植木職人が、エドヒガンとオオシマザクラをかけあわせた交配種であり、花は咲くが実は結べない。したがって接木でないと増えず、自生するということはありえない。
済州島に自生していたという主張は、ソメイヨシノのことを何も知らないと暴露したようなものである。

○ 「武道」も韓国が発祥?
たとえば「柔道」「相撲」「空手」「流鏑馬」「居合道」「合気道」、最近では「侍」「武士道」「忍者」「切腹」も韓国がル-ツと主張している。
しかし、日本が相手にしなかったため、近年笑えないことに「テコンド-」が空手のル-ツだと世界的に認められてしまう。韓国は以前からテコンド-と空手のル-ツは昔からある「テッキョン」であると主張。これは嘘で、日本の空手は琉球から伝わったものであり、テコンド-は戦前に日本に留学した学生が日本で学んだ松涛館空手をもとに、独自の工夫を加えて1955年に作られたものである。
しかし、韓国は前記の主張を世界に向けて繰り返しアピ-ルし、国際的に認めてもらおうと、官民挙げて宣伝工作に努めた。その間日本の空手界も政府もあまりに馬鹿馬鹿しい主張と相手にせず、まったく反論しなかった。そして、とんでもないことにIOCがテコンド-を韓国の伝統的武道と認め、正式にオリンピックの競技にしてしまった。
IOCも世界のスポ-ツ界も、いやしくも国家がそんな大嘘を公然とつくなど思いもせず、もちろんそんなことをした国などない。だが韓国はそれを平気でやる国なのである。
味を占めた韓国が次に狙っているのは剣道らしい。
韓国が「朝鮮が発祥である」と言っているのは日本文化に限らず、「大朝鮮帝国史」には黄河文明もメソポタミヤ文明も韓民族によって起こったと書かれており、またある大学教授は、朝鮮民族が紀元前にベ-リング海峡を渡ってアステカ文明とインカ文明を建設したと主張。面白いところではイギリス人の先祖も朝鮮民族であるという説もあるらしい。また、チンギス・ハ-ンも実は朝鮮人だったと言い、唖然とするのは孔子やキリストも朝鮮人であったと主張している。
また、世界の発明も実は朝鮮人が初めだという説も枚挙に暇がなく、世界初の飛行機はライト兄弟ではなく、それより三百年も前に朝鮮人が「飛車」という飛行機を飛ばしたと主張。さらに「ロケット」「紙」「羅針盤」「印刷技術」も実は朝鮮人が最初に発明したとのこと。これは素人が思いつきで言うのではなく、韓国の大学教授が様々な文献を引っ張り出して大真面目に主張しているとのこと。
近年、「漢方」も朝鮮がル-ツと世界文化遺産に登録しようとして、中国医学界と論争を起こした。

韓国の整形ブ-ム

韓国人は整形手術を受ける人が非常に多く、一説には女性の二人に一人が何らかの整形手術を受けていると言われている。こんな国は他にはなく、韓国の美人コンテストの映像を見ると、どの女性も同じ顔に見える。
驚くのは、ミスコンやタレントを目指している訳でもない普通の女性も多くが整形手術を受けているのである。
韓国人は本来、圧倒的に一重瞼が多く、整形手術の人気施術は頬骨を低くすることとえらを削ること、そして二重瞼にすることだそうだ。これはあえて言うならば、自らの民族的特長を失くしてしまうことになる。
日本にも整形手術を受ける女性は少なくないが、日本女性の場合は顔の一部だけ整形するケ-スが圧倒的に多いのに対し、韓国女性の場合、顔全体を整形してしまうケ-スが多い様である。

世界を驚かせた大事故

「セウォ-ル号沈没事件」
2014年に起きたこの事故はまだ記憶に新しい。乗員乗客死者295人、行方不明者   9人、捜索作業員の死者8人の大惨事であった。
この事故にまつわる不手際には、韓国特有のものが見られる。
まず、船そのものが日常的に積載オ-バ-で運行、それも法定の2割、3割増しではなく、2倍ないし3倍のオ-バ-である。この事故の際にも3.6倍の積載オ-バ-となっていた。そして、それらを積載するために、船のバランスを保つために必要な2000トンのバラスト水が、約580トンまで減らされていた。これでは大波をかぶるか、座礁するか、他船と衝突すれば一瞬にして転覆する危険があり、実際に短時間で転覆して沈んでしまった。その上、救命ボ-トは20年前に備え付けられたもので、固定した金具が錆付いて外すことができなかった。にもかかわらず毎年の安全点検では「問題なし」とされていた。
またこの船は、もともと日本の船であったが、それを買った韓国の船会社が、より多くの人や貨物を載せるために危険な改造をし、安全性が大きく損なわれていた。
他にも乗員の避難訓練が行われたことがないとか、いくつも故障を抱えながら修理することなく航行していたことも明らかになっている。仮にこの事故がなくとも、いずれは大惨事を引き起こしたことは間違いない。
そして、一番呆れるのは船長や船員の行動である。
事故が発生した時に、彼らは乗客の避難や救助活動をすることもなく、我先に逃げている。
事故後に起こった騒動もうんざりするものばかりであった。
行方不明者の家族や犠牲者の遺族が集まる港や体育館に、無関係な人が被害者の家族を装って食事をしたり備品を盗んだりする事件が多発、寝具・衣服・非常食・薬・トイレットペ-パ-などが大量に盗まれた。
また行方不明者の家族に「金を出せば救出してあげる」ともちかける詐欺も横行、他にも救援物資を狙った窃盗事件も多発、救助現場の動画が見られるとの詐欺メ-ルも出回り、遺族が集まる体育館で記念撮影するカップルや、好奇心で遺族に近づく人が後を断たなかった。

国際条約を知らない

1965年、日本と韓国の間で「日韓基本条約」が調印され国交が正常化した。
同時に締結された「日韓請求権・経済協力協定」で日本政府が韓国に支払った金は、
無償で3億ドル、有償で2億ドル、民間借款で3億ドル、その他を含め総額で11億ドルにのぼる。これは当時の韓国の国家予算の2.3倍にあたるものであった。また、当時の日本には外貨が18億ドルしかなく、まさに身を切る思いで支払った額である。そして併合時代に日本政府が韓国内に残した53億ドルにのぼる資産はすべて放棄した。また、韓国内に残した民間人の資産も請求をしないことにした。しかも、「日韓基本条約」以前にも日本は多額の金を支払ってきたのである。
これはどう見ても平等な条約ではなかったが、日本がそれを飲んだのは、韓国が拉致した多くの日本漁民を人質にしていたからである。
1965年に日韓基本条約や日韓漁業協定が結ばれるまで、韓国の不法拿捕により抑留された日本漁民は3929人、拿捕時の攻撃による死傷者44人、物的被害の総額は現在の金額で約90億円と言われている。
日本政府は、彼ら救うために不当なまでに高い金を支払ったのである。
ちなみに、韓国は現在に至るまで日本漁民の拉致や虐殺に対して、謝罪も賠償も行っていない。
基本条約を結ぶ際、日本は韓国に対し、併合時代の朝鮮人に補償を行うための資料の提出を要請するが、「個人への補償は韓国政府が個別に行うので、日本はそれも含めて一括で支払え」と要求。ところが韓国政府は個人への補償は一切行っていないことが後に明らかになった。
韓国政府は日本から莫大な金を得て、「対日請求権」をすべて放棄することに合意、これにより1945年8月15日以前の日韓問題は「完全に最終的に」解決した。
ところが韓国は、その後条約を無視して日本に新たな謝罪と賠償を再三要求してきた。慰安婦・戦時徴用工などに対して、補償金を出せと言ってきたのである。
しかし前述の通り「日韓請求権・経済協力協定」において、日本は彼らの補償も含めて支払っている。この時日本は個人への補償の為に資料の提出を要請したが、韓国は「それは韓国政府が行うので一括して支払え」と要求した。それを今になって新たに請求するのは国際条約を一方的に反故とする行為で、国際社会ではあり得ないことであるが、韓国人にはそれが理解できないようだ。
また、2015年に結ばれた「日韓合意」においても、韓国は日本から金だけもらっておいて、約束したことを履行しようとしない。かの国は国際条約や国同士の約束の重要性がほとんど理解できてないようだ。

慰安婦問題

慰安婦の強制はなかった

韓国の主張には証拠がない
韓国の言い分は日本軍が朝鮮女性を強制的に慰安婦にしたというものであるが、その事実はない。日本の「人権弁護士」や「左翼ジャ-ナリスト」達は、日本軍が強制連行した 証拠を見つけようと、何十年も必死で探したが、ついに一つの証拠も見つからなかった。
左翼文化人の中には、軍が証拠を隠滅したと言う人もいるが、そんなことは不可能である。
また1944年に、ビルマで朝鮮人慰安婦たちを保護したアメリカ軍が、日本の残虐性の証拠を引き出そうと彼女たちを尋問したが、強制性を含む証拠は得られなかった。
結論から言うと、戦時の慰安婦は単なる売春婦であった。
日本政府は韓国に対して「強制性の証拠は一切なかった」ことを何度も説明したが、韓国人はまったく理解しない。

実は戦後40年以上、韓国は「従軍慰安婦」のことで日本政府に一度たりとも謝罪や賠償を要求しなかった。両国の間に「従軍慰安婦」問題が存在しなかったからである。
1973年、毎日新聞の千田夏光が「従軍慰安婦“声無き女”八万人の告発」という本を出した。この中で千田は「日本軍が朝鮮女性を強制連行した」「挺身隊の名のもとに集められた」などと、事実無根のことを書いた。ちなみに「従軍慰安婦」という言葉は千田の造語であり、この本において初めて使われ、これ以降「従軍慰安婦」という言葉が独り歩きする。しかし、一部の人の注目を集めたものの、社会的には大きな話題にならなかった。

ところが1982年に事態は急展開を迎える。
その年の9月2日、朝日新聞は吉田清治という人物が「戦争中に日本軍の依頼を受けて、朝鮮人慰安婦狩りをした」という内容の講演をしているという記事を載せた。吉田(本名吉田雄兎)は前年からその講演を各地で行っていた。朝日新聞はそんな彼に目をつけた。吉田は翌1983年、「私の戦争犯罪」という本を出版し、済州島において日本軍の兵士とともに、泣き叫ぶ朝鮮人女性を木剣で脅し、奴隷狩りのように205名をトラックに積み込み、慰安婦にしたと書いた。同年、朝日新聞は「人」欄で吉田清治を紹介した。「日本の良心」を標榜し、当時発行部数7百万部を超えていた朝日新聞が、「日本軍が朝鮮人女性を強制連行した」という生々しい実態を紙面に紹介し、非常に大きな反響となった。
韓国が日本に対し、朝鮮人慰安婦での謝罪と賠償を求め始めるのもこれ以降のことであり、つまりこの問題は吉田清治と朝日新聞が火をつけた問題と言える。
尚、吉田清治の証言はその後の調査ですべてが嘘とわかり、吉田自身、歴史家の秦邦彦氏のインタビュ-で「私の戦争犯罪」は小説であると答えている。
ところが、吉田の証言を何度も紙面に載せた朝日新聞は、そのことを訂正も謝罪もせず、その後も吉田証言を取り上げ、計16回にわたって記事にした。
それどころか朝日新聞は、1991年に「元慰安婦」が語ったとされる「女子挺身隊の名で戦場に連行された」という記事を載せた。しかしこの慰安婦は、実際は親に妓生(売春施設)に売られたと言っている。
その後も朝日新聞は根拠もないのに、「朝鮮人女性を挺身隊の名で8万~10万人強制連行した」「朝鮮人女性は慰安所で日本軍相手に売春させられた」という記事を何度も載せた。
こうした「慰安婦キャンペ-ン」とも言える朝日新聞の報道に韓国が飛びつき、まったく事実に基づいていない記事を韓国人たちがすっかり信じ込んでしまった。
韓国人たちの怒りは激しいもので、1990年代あたりから韓国政府による日本への謝罪と賠償の要求が始まった。
吉田証言があった後、済州島の地元新聞が証言の信憑性を調べるために取材した時、島の男性が「この島にそんなことは一度もなかった。もし日本軍が娘や妻を連行しようとしたら、島の男たちは自分達が死ぬか日本兵が死ぬかまで戦ったはずだ」と語っている。
現在韓国は、「日本人が強制連行した朝鮮人女性は20万人」と証言し「朝鮮人慰安婦たちはほとんど殺された」とも言っている。

韓国人をここまで狂わせた主犯は朝日新聞である。そして共犯は毎年のように国連まで出かけて、「日本の慰安婦強制連行」や「従軍慰安婦は性奴隷であった」と訴え続けてきた人権派弁護士や市民団体である。

ちなみに当時の日本軍陸軍大将の月給に対して、慰安婦の稼ぎは同じ位あったと言われ、休日もあって買い物を楽しんだり、兵隊たちとピクニックに行ったとも書かれている。

吉田清治について

この問題を世界的なスキャンダルに膨らませてしまった吉田清治という人物を調べて行くと、実に謎の多い男であることがわかる。

吉田清治は本名を「吉田雄兎」といい、清治はペンネ-ムである。生まれたのは1914年(大正3年)ということだが、詳しいことは分かっていない。本人は山口県出身と言うが、福岡出身という情報もある。また、1930年代から1970年代まで経歴が一切不明である。というのも、彼が語る経歴を調べても、そこに吉田が居たという記録がどこにもないからである。
また、朝日新聞の記事で一躍有名になったにもかかわらず、彼の若い頃を知っているという人物がまったく現れなかった。
法政大学を出たと自称しているが、大学には吉田雄兎が在籍した記録はない。
戦時中、刑務所に二度服役したらしいが、何の罪かも分かっていない。
さらに奇妙なことに、吉田雄兎は24歳のときに19歳の朝鮮人を養子にしているのである。どんな関係があったのかは分からないが、非常に不自然である。歴史学者の調べでは、その人物は1983年に亡くなっているそうである。
吉田雄兎に関することで最も不可解なのは、彼が卒業したとされる門司市立商業高校の1931年(昭和6年)の卒業者名簿には、「吉田雄兎、死亡」と記されていることである。
名簿の記載が正しいとすれば、1931年の時点では吉田雄兎なる人物はこの世に居なかったことになる。そして52年後、それまで歴史の中に消えていた人物、吉田雄兎が突如姿を現す。「済州島で泣き叫ぶ朝鮮人女性を、奴隷狩りのようにして慰安婦にした」という話を引っさげて。

実は吉田清治なる人物は、死亡していた吉田雄兎の身分や戸籍を乗っ取り、その人物にすり替わったのではないかとも囁かれている。吉田雄兎に背乗りした人物は朝鮮人だったかも知れないとも言われている。吉田清治がもともと朝鮮人であったとするならば、彼の証言も理解できる。普通の感覚で考えると、日本民族に最大恥辱を与える、まったくデタラメな証言など日本人にはできない。だが、吉田清治が元朝鮮人で日本人に成り済ました男だと考えると、不可解な部分が納得できるのである。
2016年の夏、ジャ-ナリストの大橋末貴氏が月刊「新潮45」で吉田清治の長男へのインタビュ-記事をした。吉田は全国の反日団体から招かれ「朝鮮人女性を強制的に慰安婦にした、申し訳なかった」と涙ながらに語り、そのたび謝礼をもらっていたという。彼はただ単に金のために嘘をついたのかも知れない。

その意味では吉田以上に罪が深いのは朝日新聞である。吉田清治というとことんデタラメ男の嘘八百の証言を、16本もの記事で取り上げて、大々的に世界に向けて報道し、彼の嘘が判った後も30年近く全く訂正記事を出さなかった。朝日新聞tt最低の「日本の敵」である。言い換えれば、吉田清治は朝日新聞によって傀儡とされた存在であったかもしれない。朝日新聞の記者達の取材能力は非常に高く、吉田の嘘を見抜いてそれに目をつむり、利用して世界に向け「日本人は他国の女性を性奴隷として狩った」と大宣伝をしたのである。

妓生について

朝鮮には特有の「妓生」文化というものがあり、もともと高麗王朝や李氏朝鮮時代初期には、諸外国の使者や高官を踊りや歌で接待するための女性であった。もっとも、接待のメインは性的奉仕である。また毎年中国に貢物として輸出されていた。
後の時代になると、両班を相手に性的奉仕をすることになった。妓生の身分は奴婢で、自由はなかった。

巻末に、ちょんまげの侍が土下座をして、「御免」と謝っている挿絵があり、最後までディスっているのに笑ってしまった。

「私の韓国感」

もともと私には嫌韓感情はなかった。それどころか、日本の若者が引きこもりやニ-トに走る時代に、スポ-ツ等で韓国のアスリ-トたちが台頭するのを見て、やはり韓国の若者は兵役があるから根性が座っているとリスペクトしていた。また「冬ソナ」が火付け役となった韓流ブ-ムにおいても、私自身は見ていないが世のご婦人たちの感想を聞くと、日本人が失いつつある純粋さがいいとのことで、それにも感心していた。私の家内もご多聞にもれずのめり込み、ほぼ毎日DVDやネットで視聴しており、字幕がなくても大体わかると言っていた。
それに、儒教を重んじて年配者を敬い、家族親戚を大切にする風習も、日本人が失いつつあることであり、やはりリスペクトしていた。
それが、最近のことであるが、日本がユネスコの文化遺産に「軍艦島」を認定申請した際、それまで協力姿勢を見せていた韓国が、土壇場で態度を豹変させ、「朝鮮人労働者の強制徴用があった」との文言を要求した。そうゆう要請は、政府間のことでもあり事前に入念な調整が必要であり、土壇場で言い出すのは卑怯である。このやり取りはかなり紛糾し、事務局も一時匙を投げかけたが、日本側が相当な譲歩をしたことで、とりあえずは登録に至ったが、外務省にとっても日本政府にとっても屈辱的な結果であり、何よりも登録を望んでいた現地の方々や関係者の喜びに水を差す行為であった。
この一件から、それまであまり気にしていなかった韓国の反日活動が目に付くようになった。
そして、日韓合意である。本来、戦時補償は1965年の「日韓基本条約」および「日韓請求権・経済協力協定」で解決済みである。そのとき日本政府が韓国に支払った金は、すべての補償が包括されている。にもかかわらず、韓国政府は個人への補償は行わず、すべてを経済発展につぎ込んだ。結果、歴史的な経済発展を成した。従って、慰安婦問題も徴用工問題も韓国の国内問題である。それをことある毎に難癖をつけて、「謝罪せよ」「賠償せよ」と要求してくる。政府も合意の内容を伏せ、国民の支持を得るために虚偽の反日教育を行って来た手前、すべてを日本になすりつけて来る。安倍総理は、際限のないム-ビング・ゴ-ルポストに危惧を覚え、何とか自分の代で収束をはかろうと、不本意な条件ながら2015年の合意を行った。この時、日本国民の誰もが、韓国が約束を守らないことは予測していたであろう。よくぞ「最終的」「不可逆的」の文言を入れたものだ。予想は的中し、案の定またもゴ-ルを動かそうとしてきたが、世界が見守る中で国と国が合意したことであり、韓国が履行しない以上、今後いかなる交渉も受ける必要がなく、10億円は手切れ金と思えばよい。
談話を出した山村氏、河野氏の最大の過ちは、韓国人を日本人と同じ民族性で見ていたことである。日本人であれば、諍いごとがあればとりあえずどちらかが謝って、落ち着いた上で説明すれば誤解が解けることはよくあることだが、韓国人は、「謝罪」→「罪を認めた」→「ならば賠償せよ」→「正義は自分にある」となる。自国民同士でもそれは変わらず、「謝罪せよ」→「賠償せよ」の繰り返しである。非がなければ絶対謝ってはいけないのである。

そして朴大統領の罷免・訴追。日本であれば、罷免の段階で社会的制裁十分とみなし、実際犯罪を犯しておれば別であるが、ある程度は情状酌量される。韓国の大統領は、ほとんどが退任後悲惨な末路をたどる。これも凌遅刑の名残りであろうか。
そういえば、日本の閣僚が靖国神社を参拝することに、中国と韓国が拒絶反応を起こすのも、凌遅刑の名残りかも知れない。日本は、仏教の教えもあり、どんな悪人でも死ねば「仏」として供養する。戦犯と言えども、その当時は日本国の為に戦争をすすめたのであり、直後は犠牲者は恨んだであろうが、裁かれたことと年月により無理にでも気持ちを整理した。
国の為に戦った人々を、後世の者が供養するのに、外国が文句を言うのは筋違いである。
しかし、墓を掘り起こして遺体を八つ裂きにする民族とは互いに理解し合えないだろう。
そして、文政権である。自国民にいい顔をしすぎて経済と外交はがたがたである。上半期は、株価も経済も比較的順調だったが、中国のTHAAD報復と北朝鮮問題でここに来て反落傾向にあり、中国とのスワップ継続も不透明、日本とは慰安婦問題で経済協力・スワップ再開保留、アメリカともFTA見直しと過去の裏切りでスワップ再開見込めず、三度目の金融危機とIMF管理も危惧する海外メディアも出てきた。蝙蝠外交の終焉だろうか。
そんなことにはおかまいなしに、どんどん慰安婦像を増殖させ、ことあるごとに難癖をつけてくる民族に哀れを感じるとともに、関わることは丁寧にお断りいたしたい。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA